ベナンに両親が来てくれた~ 中編

前回の続きで~す☆ 今回も写真いっぱい載せま~す!

ベナンに両親が来てくれた~ 前編

2018-09-05

3日目

この日は、ウィダに行ってきました。

ウィダは奴隷貿易に関する史跡が数多く残る町。奴隷貿易が行われていた時代は、多くの奴隷がこのウィダから船に載せられ、北アメリカやカリブ諸島、ブラジルなどに連れていかれた

そんな悲しい歴史が残る町、ウィダ。ベナンを訪れた際には、是非とも立ち寄っていただきたい町です。

この日もムタが案内してくれました。

まずはチャチャ広場(Place Chacha)。この広場で、奴隷たちがヨーロッパから来た品々と交換されていたそうです。

次に忘却の木(L’Arbre de l’Oubli)。ここにあった木(現在は石碑のみ)のまわりをまわると、過去の記憶がなくなると洗脳されていたらしい。

そして、ゾマイ(Zomai)という場所。ここでは暗闇の部屋に、数日間、奴隷たちが閉じ込められていた。ここでも生き残れたものだけが、船に乗せられた。

その近くに、記念碑が建てられている。死んでいった奴隷たちの苦しみや悲しみが描かれていて、赤色は彼らの血を表しているとのこと。

帰郷の木(L’Arbre du Retour)。ここでまた木のまわりを3回まわれば、身体はアメリカに行くが、魂はアフリカに残ると信じられていた。

そして最後が、帰らずの門(Porte de Non-Retour)。ここで船に乗せられて、身動きがとれないほど狭い船内で、鎖につなげられ、遠い遠い地に連れていかれます。

私自身、ここは2回目の訪問ですが、ここに来るとなんとも言葉にならない感情になります。

この日は、私の任地の近くであるボイコンに移動して終了。

4日目

この日は、いよいよ私の任地であるコヴェを訪問してもらいました。

コヴェについてはこの記事を見てください☆

住んでる町紹介~

2018-02-01

まずは腹ごしらえ。両親が持ってきてくれたそうめんを食べました。茹ですぎちゃったんですが、久しぶりのそうめん、おいしかったな~

そして、外をお散歩。自分の任地に両親がいる違和感が何とも言えませんでしたw

週5で来てる飲み屋さん。家の近くにあって、いろんなお客さんが来るので、彼らやお店のおばちゃんたちと話してる時間がとても大切な時間です。

小学校訪問。あいにく夏休み中なので、授業はやってないのですが、教師の2人にここを見せておきたかった。

障がい者グループのリーダーの家。ここもよく訪れる家です。家族全員で写真を撮ってくれました。

障害者グループとの活動はコチラの記事をどうぞ。

活動報告③~障がい者グループ~

2018-03-27

そして、近くの家を訪問。ここもよく、子供たちと遊ぶために訪れています。土で作られた家で、大きいとは言えない家に家族7人で住んでいます。ここの子供たちの笑顔は、嫌なことも忘れさせてくれるんだな~

さらに、お母さんのおなかの中にはあかちゃんが!

そして、最後の訪問が一緒に活動している農家のリーダーの家です。今回、両親が日本に来ると伝えたところ、パーティーを開いてくるとのこと。

グループのリーダーである彼は、私が心から信頼している数少ないベナン人。この日も約束の時間前に電話が来て、「大丈夫そう?こっちは準備できてるよ!」との連絡。これって、ものすごいことですよ!!w

どんなかんじかな~と期待と不安の中、彼の自宅に到着。

そこにはベナン料理やワイン、そしてベナンのお酒もちゃんと(w)ありました。女性陣はいつも畑で見る姿とは違い、おめかししてましたね~w

みんなが自己紹介して、グループのみんなは両親が持ってきてくれた日本酒で、綿貫家の3人はベナンのお酒で乾杯。

用意された食事は、豚肉とパットというベナン食。両親も辛い辛いといいながら、結構食べてました。

 

いい感じになったところで、自然と質問タイムの時間に。

『ベナンはどうですか?』という簡単な質問から『二人のなれそめは?』など突っ込んだ質問まで、いろいろ質問されました。

さらには、父が自己紹介で、高校で地理と環境について教えてるっていうもんだから、『ベナンの環境問題についてどう思うか?』というまじめな質問まで。こういうベナン人の純朴というか誠実なところが大好きですね~

こんな質問にも誠実に答える父。まさか父の口からSDGsが出てくるとは思わなかった。。私が小さい頃もまじめに勉強する父の背中姿が印象に残ってるのですが、今も変わらず努力してるんだな~と、改めて尊敬しました。

最後は写真撮影大会w。みんなスマホを持っているので、いろんなところで父、母がみんなと写真撮ってました。

この夜は本当に楽しい夜でした。みんなに感謝ですね~。彼らのやさしさに触れて感動するとともに、この人たちのために活動さらに頑張らなきゃ!と身が引き締まる思いでした。

でも、一番うれしかったのは、最初は訳の分からない&フランス語もしゃべれない外国人が来た、という目で見られてたのが、今では仲間として同志として認められたような気がすること。もしかしたらこれがボランティアやってて一番うれしいことかもしれません。

後編に続く~~☆


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