35才JICA協力隊員の両親がベナンの地に舞い降りた~!

こんにちは、西アフリカのベナンでJICA海外協力隊してます、だいちです。

両親がここベナンに来てくれたので、そのことを記事にしたいと思います。

写真をいっぱい載せたいと思います~

 

初日

21:05着のAir Franceでベナンのコトヌー空港に到着。

実はその前に日本で一緒に暮らしていたフランス人のレミが、パリのシャルル・ド・ゴール空港に来てくれて、両親と再会しました。

忙しい中、日程を調整してくれたレミに感謝ですね~

実際にコトヌー空港に着いたのは、22:00頃だったかな~。待ってるときは、両親が本当にアフリカに来くんだな~という、なんかふわふわした感じでしたね~。

いよいよ、久しぶりの再会!2人とも疲れてるな~という印象。

初日は、ホテルまで送って終了。

2日目

午前中は、西アフリカ最大の市場であるダントッパ市場へ。初めてのアフリカの雰囲気に圧倒されている様子の両親。

でも、やっぱり、世界中どこでも子供はかわいいですね。実は両親2人とも小学校の先生。言語の壁はあれど、子供との接し方は慣れている様子。

最初は歩いて見て回ってたのですが、途中雨宿りしたところにトゥクトゥクを発見。これに乗って市場を回ることにしました。

父はとにかく人やバイクの多さに驚いている様子。こんなに人がいるとは思わなかったな~とずーと言っていました。

そのあと、たくさんのベナン布が売られているミセボ市場へ。購入はしませんでしたが、ベナンを体感できたかな~と思います。

ベナン服についてはコチラの記事をどうぞ。

 

35才JICA海外協力隊員が、ベナン服作ってみた~

2017-12-07

 

お昼は中華料理! 初日にして早くも日本食が恋しい(!)という母のリクエストにこたえて、中華にしました。(残念ながら日本食レストランは休業中でした)

左上の彼はベナン人起業家のムタです。この日と次の日、ずーと案内してくれました。

午後からは、水上集落ガンヴィエへ。アフリカのベネチアと呼ばれているらしい。。。

こんな感じのボートに乗って、水上集落へ行きます。

奴隷貿易から逃れるために、ここに住み着いたのが始まりとされていて、人口は5万人と言われています。(町の写真を撮り忘れたので、Wikiから拝借)

家、学校、病院や警察などすべて水上。子供は小さい頃から船を漕ぎ、ほとんどの人が漁で生計を立てています。最近は日本のテレビでも紹介されたので、ご存知の方もいるかもしれません。

そして、なんと”世界の果てまでイッテQ”で紹介されたガンヴィエの王様とお会いできることに。(もちろん、いくらか払いましたよw)

謁見する際には、最敬礼というか、跪くというか、もう半分寝っ転がるような感じでw、敬意を表します。ちょっとやりすぎだったのか、ガイドの兄ちゃん、ちょっと笑ってましたw

お会いした王様は、それはそれはオーラがありました。(たぶんw)

この日はスーパーでワインとチーズを買って、両親が日本から持ってきてくれた日本食を食べました。

 

3日目

この日は、海岸線にあるウィダという町に行ってきました。

ウィダは奴隷貿易に関する史跡が数多く残る町。奴隷貿易が行われていた時代は、多くの奴隷がこのウィダから船に載せられ、北アメリカやカリブ諸島、ブラジルなどに連れていかれた

そんな悲しい歴史が残る町、ウィダ。

ベナンを訪れた際には、是非とも立ち寄っていただきたい町です。この日もムタが案内してくれました。

まずはチャチャ広場(Place Chacha)。この広場で、奴隷たちがヨーロッパから来た品々と交換されていたそうです。

次に忘却の木(L’Arbre de l’Oubli)。ここにあった木(現在は石碑のみ)のまわりをまわると、過去の記憶がなくなると洗脳されていたらしい。

そして、ゾマイ(Zomai)という場所。ここでは暗闇の部屋に、数日間、奴隷たちが閉じ込められていた。ここでも生き残れたものだけが、船に乗せられた、そうです。

その近くに、記念碑が建てられています。死んでいった奴隷たちの苦しみや悲しみが描かれていて、赤色は彼らの血を表しているとのこと。

帰郷の木(L’Arbre du Retour)。ここでまた木のまわりを3回まわれば、身体はアメリカに行くが、魂はアフリカに残ると信じられていた。

そして最後が、帰らずの門(Porte de Non-Retour)。ここで船に乗せられて、身動きがとれないほど狭い船内で、鎖につなげられ、遠い遠い地に連れていかれます。

私自身、ここは2回目の訪問ですが、ここに来るとなんとも言葉にならない感情になります。

この日は、私の任地の近くであるボイコンに移動して終了。

 

4日目

この日は、いよいよ私の任地であるコヴェを訪問してもらいました。

コヴェについてはこの記事を見てください☆

35才JICA海外協力隊が住んでるベナンの町を紹介~

2018-02-01

 

まずは腹ごしらえ。両親が持ってきてくれたそうめんを食べました。茹ですぎちゃったんですが、久しぶりのそうめん、おいしかったな~

そして、外をお散歩。自分の任地に両親がいる違和感が何とも言えませんでしたw

週5で来てる飲み屋さん。家の近くにあって、いろんなお客さんが来るので、彼らやお店のおばちゃんたちと話してる時間がとても大切な時間です。

 

小学校訪問。あいにく夏休み中なので、授業はやってないのですが、教師の2人にここを見せておきたかった。

 

障がい者グループのリーダーの家。ここもよく訪れる家です。家族全員で写真を撮ってくれました。

障害者グループとの活動はコチラの記事をどうぞ。

 

ベナンで出会った障がい者グループとこんな活動しています!

2018-03-27

 

そして、近くの家を訪問。ここもよく、子供たちと遊ぶために訪れています。土で作られた家で、大きいとは言えない家に家族7人で住んでいます。

ここの子供たちの笑顔は、嫌なことも忘れさせてくれるんだな~

 

なんとお母さんのおなかの中にはあかちゃんが!

 

そして、最後の訪問が一緒に活動している農家のリーダーの家です。今回、両親が日本に来ると伝えたところ、パーティーを開いてくるとのこと。

グループのリーダーである彼は、私が心から信頼している数少ないベナン人。この日も約束の時間前に電話が来て、「大丈夫そう?こっちは準備できてるよ!」との連絡。

これって、ものすごいことですよ!!w

 

どんなかんじかな~と期待と不安の中、彼の自宅に到着。

そこにはベナン料理やワイン、そしてベナンのお酒もちゃんと(w)ありました。女性陣はいつも畑で見る姿とは違い、おめかししてましたね~w

みんなが自己紹介して、グループのみんなは両親が持ってきてくれた日本酒で、綿貫家の3人はベナンのお酒で乾杯。

 

用意された食事は、豚肉とパットというベナン食。両親も辛い辛いといいながら、結構食べてました。

 

 

いい感じになったところで、自然と質問タイムの時間に。

『ベナンはどうですか?』という簡単な質問から『二人のなれそめは?』など突っ込んだ質問まで、いろいろ質問されました。

 

さらには、父が自己紹介で、高校で地理と環境について教えてるっていうもんだから、『ベナンの環境問題についてどう思うか?』というまじめな質問まで。こういうベナン人の純朴というか誠実なところが大好きですね~

こんな質問にも誠実に答える父。まさか父の口からSDGsが出てくるとは思わなかった。。私が小さい頃もまじめに勉強する父の背中姿が印象に残ってるのですが、今も変わらず努力してるんだな~と、改めて尊敬しました。

最後は写真撮影大会w。みんなスマホを持っているので、いろんなところで父、母がみんなと写真撮ってました。

 

この夜は本当に楽しい夜でした。みんなに感謝ですね~。彼らのやさしさに触れて感動するとともに、この人たちのために活動さらに頑張らなきゃ!と身が引き締まる思いでした。

 

 

でも、一番うれしかったのは、最初は訳の分からない&フランス語もしゃべれない外国人が来た、という目で見られてたのが、今では仲間として同志として認められたような気がすること。

もしかしたらこれがボランティアやってて一番うれしいことかもしれません。

次の記事に続く~~☆


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ABOUTこの記事をかいた人

1983年生まれ。千葉県成田市出身。 大学在学中にザンビアで半年間ボランティアをするNGOのプログラムに参加。 埼玉大学経済学部卒業後、英国サセックス大学開発学研究所(IDS)にて開発学修士号取得。 大手商用車メーカーにて3年半勤務したのち、大阪の化学メーカーに2年半勤務。 2017年10月から2019年9月まで西アフリカのベナンで、青年海外協力隊隊員として活動。 JICA SHEPプロジェクトを用い、野菜農家グループの収入向上に貢献。 ベナンの飲食店経営に従事した後、現在はベナンの農業関連会社の起業準備中。 ”だれもが志を持って生ける世界の創造する”というビジョンを胸に日々活動中。